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近似値の重要性

12月3日 センター長、特任教授 竹内宏


 学術研究では、専門分野が細分化の一途を辿り、学会数は、1958年には626であったが、2007年には1767に増加したという。それは、条件を狭めて、厳密に事実を追求する専門主義が多くなった結果と言えよう。
 専門化が進むと、それらを統合する原理を求めたくなるものだ。しかし、今まで多様な統一原理が創造されたが、それらはいずれも破綻した。ニュートンは重力とエネルギー不滅の法則によって、宇宙が時計仕掛けのように永遠に正確に動くことを証明し、400年近くもその理論が通用した。
 ところが、現在では、宇宙のエネルギー全体の中で、 我々が知っているのは、僅か5%に過ぎず、70%は「ダークマター 」というエネルギーを持たない不思議な存在であることが証明され、ニュートンのエネルギー法則は通用しなくなった。
 思想の分野では、最近まで、プロテスタントを基礎としている、アメリカの「自由・平等」思想が世界のヘゲモニーを握ったが、アフガン・イラク戦争で、その思想は世界に通用しないことが判った。マルクス主義が、階級闘争によって社会主義に到達するという歴史的必然性を見事に説明したが、社会主義国は悉く崩壊してしまった。
 世界を倫理的に捉える思想がある。儒教は、「修身斉家治国平天下」という原理に立ち、自分の行いを正しくすれば、家庭の秩序が整い、さらに家庭の集合体である国家が自然と治まり、中華を中心とした世界秩序が形成されると考えた。イスラム教は、コーランの教えを守ることが、人間にとって最も重要な任務であり、ムハンマドが生きた中世の世界を維持しようと努力している。
 儒教の伝統を引き継いでいる中国では、絶対的な独裁政権が続いている。イスラム教徒は、他の宗教を信ずる民族と争い、アラブの春以降は、国家が融解して、無秩序な社会に落ち込み、内乱が治まらない。
 どうも統一的な学問原理や倫理を求めるのは無理なように思われる。私たちの生活は、統一的な学問原理を知らなくても生きていける。歩き回っている時、天動説や地動説と関係なく、地球は平らだと判断しても全然問題がない。また、工学では、ニュートン理論や微分方程式をそのまま利用できる。
 学問には階層性があり、それぞれの仕事や生活に応じて、利用できるものを利用すればよい。光が曲がるとか、「ダークマター」が存在するとかという問題は、専門家の仕事であって、普通の人とは無関係であり、我々は、近似値によって生活している。地面は平らであるのは、丸い大きな地球の近似値である。学問の階層はその近似値の集大成であって、専門家が狭い分野を開拓して階層の奥を深め、他多分野の人や私達は、今までの知識が近似値であることを認識して、それを利用して研究したり、また生活するのが、正しい態度と言えよう。(カリフォルニア工科大学教授大栗博司氏の考え方を参考にした)
 イスラム教の共同生活にも、学ぶべき点が多く、儒教の家族の和は、人間の本質に触れる問題である。それぞれ現代社会で役立つ教訓を与えくれる。いろいろな宗教に近似値的な価値を与えながら生活するのは、およそ非宗教的な行為であるが、多神教の日本人にとって、それは可能かもしれない。

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