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アジアを「知域」から考える―「地域」と「知域」が通じ合うこと

12月21日 副センター長、特任教授 濱下武志


「アジア」という語は、ひとつの広域地域のまとまりを指す表現として紀元前の古代ギリシャ時代に始まる。ギリシャから見て東方にある大勢力ペルシャ(現在のトルコ地域)が、中心であるギリシャから遠く離れている「小アジア」地方と呼んだことに始まる。古代ギリシャ以前に、アジア地域はすでに4大文明や3大宗教の発祥地としてその歴史文化の中心であった。しかしギリシャ文明に起源を持つとするヨーロッパ史から見たとき、近代ヨーロッパの発展と比較して、遅れたアジアとして区別されてきた。
他方、アジアの側においては、長期にわたる王朝体制や西洋からの圧迫に対して、旧体制を倒して新たな政治体制を樹立するための自己認識や自己主張の場として、また西洋に対抗するアジアの新しい地域主義を示す概念として「アジア」「亜細亜」という表現が選択された。孫文の「大アジア」主義などはその代表例である。
その後長期にわたり、ヨーロッパと区別される地域概念として、あるいは自らの文化的な帰属意識を指すものして、アジアに関連して大きく2つのアジア論が存在してきた。すなわち「思想のアジア」か、それとも「実態のアジア」か、という2つに分けた議論である。
たとえば、第2次大戦後のように、かつてアジア主義に見られたような地域主義は、民族独立・反植民地を掲げるナショナリズムとして表現された。これは前者の例であり、「アジア4小龍」のように1980年代の韓国・香港・台湾・シンガポールの経済発展を強調するときのアジアは、後者の例である。
これらの両者にみられる空間的な範囲をアジアとして捉える議論は、自然地理的な地域を前提としているとも言えるが、これまでのように広域地域がただちに国家に分けられて議論される場合には、グローバリゼーションが急激に進行する現代では、激動する事態に対応することができない。さらに、多様な歴史的な文脈が一斉に放出されている現代社会においては、歴史は過去のものとして区別されるのではなく、現在に取り込んで検討されねばならない。これらの時代要件に的確に応えるためには、地域を歴史的な単位とし、そこで「知」の営為が行われた場として、すなわちアジア認識の歴史的系譜としてアジアを捉える議論がなされなければならない。その概念としてまた方法として、「知域」としてのアジアという捉え方を考えてみたい。これはアジア地域に対する認識史というとらえ方である。この「知域」は、アジアを時間や地理的空間で分断したり、国の枠で切り取ったりするのではなく、時間的には歴史的な連続する時間として、また思想空間においても、さまざまな対象がすべて相互に関連したものとしてアジアを考える。そして、多様な歴史主体が協働する「アジア知域」という新たな知的空間である。

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