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地域からアジアを考える―グローバルとローカルをつなぐアジアネットワーク

8月3日 副センター長、特任教授 濱下武志


急激に進行するグローバリゼーションの動きは、私たちのアジアに対する見方を大きく変えようとしている。アジアは多様であり、一つのアジア像を考えることも難しくなっている。しかし、そうであるからこそ、日本とアジアを切り離すのではなく、それぞれに異なっていることを前提として、日本を含めたアジアネットワークを築いていくための新たな構想が求められている。「グローバルに考え、ローカルに行動する」という表現も、周辺や地域という視点を強調しており、現在アジアネットワークを考える方法的な手がかりでもある。

いま、グローバルな視野でアジアネットワークを考える参考として、明治初期に国会議員を務めた柴四郎(1852~1922年。会津藩士、戊辰戦争に参戦。1880年渡米し、ペンシルバニア大学で経済学を学び帰国。小説家、ジャーナリスト、政治家、筆名は東海散士)が、1880年からの滞米中に構想を得た『佳人之奇遇』に示されたグローバルな近代世界論を見てみよう。

東海散士(柴四郎)の『佳人之奇遇』(東京書林博文堂刊、1885-89年)、(『新日本古典文学大系明治編17、政治小説集二』(岩波書店刊、2006年)に収録)は、19 世紀後半の政治小説である。世界の旧王朝の末裔である女性たちが、アメリカのフィラデルフィアの自由の塔(インディペンデントホール)で偶然に出会い、没落する旧王国を嘆き合う。スペイン・エジプト・ハンガリー・ポーランド・清朝・そしてムガール朝が登場し、日本でイギリス支配下のアイルランド問題を最初に扱ったこの歴史小説は、むしろ旧帝国の長期の安定性や、帝政末期における激変が強調され、変動する日本やアジアへの警鐘ともなっている。

さらにこの『佳人之奇遇』は、中国の清朝末期の知識人である梁啓超(りょう けいちょう)によってその一部が翻訳され、さらにベトナムの潘周楨(Phan Châu Trinh ファン チュウチン)によってベトナム詩に翻案されている。すなわち、本書の世界観あるいは旧帝国観さらに革命観は、アジアの知識人によって共有されていたことがわかる。

これまで、志筑忠雄の「鎖国論」や福沢諭吉の「脱亜論」という警戒的なアジア像や、岡倉天心の「アジアはひとつ」というヨーロッパに対して対比されたアジア論のみが、あたかも近代日本の近代化論やアジア論の代表として扱われてきた嫌いがあるが、この東海散士の『佳人之奇遇』からは、多様なアジア視野、世界視野、国家視野が重なり合ったアジアの地政的文化空間の原型を窺うことができる。さらに、明治期のアジア論や近代化論は、実際には第二次大戦後の冷戦期の二極化構造のなかで、新たに強調されたものであったことを振り返ると、『佳人之奇遇』は、現在私たちがアジアネットワークを構想するために、グローバルな視野を考える歴史的な参考事例でもあると言えよう。

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