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第1回 中国は強国ではなく大国である (5月16日)

中国経済が世界一になる日はもう近いかもしれない。世界銀行が購買力平価によって中国のGDPを再評価し、今年中に中国のGDPがアメリカを追い抜いて世界一になる可能性を指摘した。しかし、中国経済の細部に焦点を当てると、それが世界一の経済になるといわれてもまったく信じがたい話である。

かつて、イギリス経済が世界一だったときを振り返れば、その産業革命の成果をみれば納得がいく。戦後のアメリカ経済の強さも一目瞭然だった。それに対して、中国経済のどこが世界一なのかわからない。

世界貿易機関(WTO)の集計によれば、2013年に、中国の国際貿易総額はアメリカを追い抜いて世界一となった。中国の国際貿易においては労働集約型の低付加価値製品が大きなウェイトを占めている。ハイテク製品の輸出では中国に進出している外国企業が大半を占めている。付加価値でみた中国の国際貿易は決して世界一ではない。

2013年、企業のブランドバリューではトップ20社に中国企業が1社も入っていない。この現実から中国は競争力が弱く肥満になっているメタボのような存在であることが分かる。メタボのような中国経済を支えているのは依然として廉価な労働力である。しかし、豊富にあるといわれている廉価な労働力資源は35年以上も続いた一人っ子政策により枯渇しつつある。

換言すれば、世界一になる強い中国経済は虚像であり、メタボのような中国経済こそその実像である。それでも、中国人にとり「改革・開放」以前に比べれば、今のほうが幸せであろう。「改革・開放」前の中国は世界の最貧国の一つだった。今は、世界一にはほど遠いが、中進国になっている。

ここで重要なのは、中国経済の実力を客観的に評価することである。

では、中国はいかにしてその実力以上の力を発揮できたのだろうか。理屈は簡単である。国民が作った富、すなわち、GDPの大半が国や企業によって取られているからである。中国の所得統計とGDPとを比較して計算してみると、その労働分配率はわずか39%しかない。すなわち、国民が作った富の大半は国民に分配されていない。

現状では、国民は経済成長の果実を十分に享受していない。政府は国民から集めた富によって国力を誇示することができる。しかし、これでは本当の強い国にはなれない。なぜならば、政府が富の大半を取ってしまうため、その政府が国民に見放されてしまうからである。実は、これは旧ソ連が失敗した原因でもある。

中国が大国であることは確かであるが、今の中国はまだ強国とはいえない。強国になる条件として、政府が国民によって信用され支持されなければならない。そのうえ、社会を安定させるために、一部の国民が豊かになるのではなく、すべての国民が経済発展の果実を享受できるようにしなければならない。さもなければ、中国社会は安定しないはずである。

かつて、胡錦濤政権(2003-2012年)の下で「和諧社会」(調和のとれた社会)が提唱されたが、中国社会の細部をみれば、不安定要因がますます突出している。現在、習近平政権は国民に「中国の夢」(注)の実現を唱えている。国民の大半を占める低所得層にとっての夢は富裕層と同じような豊かな生活を実現することだが、その夢は叶えられそうもない。このまま行けば、中国の夢は永遠に実現しない夢で終わり、中国の社会はますます不安定化する恐れがある。


(注)
習近平氏が国家主席就任演説以来用いている言葉であり、「国家の富強、民族の振興、人民の幸福の実現」を意味している。

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