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リアリティに欠ける在外邦人保護(特任教授 小川和久)




4月14日 特任教授 小川和久(特定非営利活動法人・国際変動研究所理事長)
シリア・アサド政権の化学兵器使用に対する米国の巡航ミサイル攻撃(4月7日)を受けて、核兵器と弾道ミサイルの開発を強行する北朝鮮に対する軍事制裁の可能性が声高に論じられるようになり、緊張が一気に高まることとなった。

関連して、5万5000人の韓国在留邦人の避難・脱出についても重要テーマとして取り上げられることになったが、マスコミのみならず、政府も与野党もリアリティのない議論に終始している点が気になってならない。以下、米国の例を紹介しておきたい。

緊張の度合いが高い朝鮮半島については、米国は以前から何通りもの非戦闘員退避行動(NEO)の計画を準備してきた。

非戦闘員退避行動(NEO)とはNon-combatant Evacuation Operationsのことで、文字通り、非戦闘員、つまり民間人など軍人ではない人々を危険な場所から退避させる活動(作戦)である。米国の場合は、国務省(現地では大使館)が主導し、米軍が支援して、その国にいると危険な米国市民や軍属(軍に雇用された軍人以外の要員)その他の関係者を、安全な避難場所や米本国に退避させる。戦争や紛争だけでなく、政情不安や自然災害などによる退避も含まれている。

韓国に駐留する米陸軍第2歩兵師団の公式サイトには、一般向けに1950年の韓国(朝鮮戦争)、65年のドミニカ、75年のベトナム(サイゴン陥落)、2010年のハイチ地震、11年の東日本大震災などが、過去のNEO事例として掲載されている。NEO用のバッグに入れる推奨品を写真付きで紹介し、ペットの扱いについても記されている。NEOは米国だけの話ではなく、カナダ軍のサイトにもNEOのページがある。

筆者が手に入れた韓国を対象とする米国のNEO計画は2003年当時のものだが、次のような内容だった。

移送する対象は、米軍家族、政府関係者その他12万5000人。これを航空機で国外に退避させる。具体的には、まず3000メートル級滑走路を備え、1日5000人(望ましいのは1日9000人)の収容能力がある主要空港を確保し、これをメインとして使い、同時に予備として、その他の空港も確保する。航空機は軍用・民間のどちらも使うことになっていた。

空港の防衛には陸軍または海兵隊の各1個大隊を配備し、NEOの安全を確保するために、特殊部隊も投入する。空港までの輸送をおこなうのは現地業者または米軍で、この段階での課題は、いかにして混乱を最小限に抑えつつ、迅速で遺漏のない避難指示を伝達するかだと強調されていた。

平和安全法制の議論の過程で、日本政府は韓国からの邦人避難について海上輸送を前提に説明したが、これはまだ緊迫の度合いがそれほど高くない場合のことだ。12万5000人を脱出させるアメリカのNEOの場合は北朝鮮と一触即発の状態になっている段階のことであり、「海上輸送によるNEOは実施困難」というのが米国政府の評価である。口では在外邦人の避難・脱出と言いながら、いかに日本政府が現実を踏まえた計画を検討してこなかったかわかるだろう。