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高齢化と人口減少を見据え 防災体制の再構築を(客員教授 岩田孝仁)


静岡県立大学グローバル地域センター客員教授
静岡大学防災総合センター特任教授 岩田孝仁
 今、日本社会では少子・高齢化と併せ急速な人口減少が進んでいる。先日(2024年7月24日)、総務省が発表した住民基本台帳に基づく人口動態調査によると、今年1月1日時点での外国人を含む総人口は1億2448万5千人(内外国人は332万3千人)で、昨年に比べ53万人が減少し(0.42%減)、外国人を除く日本人住民だけでみると86万人の減少(0.70%減)である。都道府県別にみると増加したのは東京都(0.51%の増)と沖縄県(0.01%の微増)のみで、減少率の最も高い秋田県は1.74%減、青森県が1.63%減、人口規模が全国10位の静岡県(人口360万6千人)でも0.75%減と減少は大きい。一方で、全国の65歳以上の高齢者の割合は昨年の28.62%に対し28.77%と、0.15ポイントの増で、増加は続いている。
 大地震や水害などで、建物やライフラインなど社会・経済活動の基盤となる多くのインフラが破壊され、さらに多数の犠牲者が出てしまうと、地域の経済やコミュニティ活動も滞り、地域社会を元通りに立ち直るためには大変な困難が立ちはだかる。今年の元日に発生した能登半島地震が襲った石川県の奥能登地域は、少子・高齢化の進行と併せ人口減少が進む中山間地域を抱える地方の自治体の典型的な姿であり、こうした地方の町や集落を今回の震災が襲った。
 発災直後から全国の消防、警察、自衛隊が被災地に駆けつけ救出・救助活動が続けられ、被災自治体を支援するため国や全国の自治体職員、さらに、多くの災害ボランティアが現地で活動を続けている。しかし、発生から8か月が過ぎても倒壊した家屋などのがれきが残されたままの地域がまだ多くあり、住宅が確保できないことや上下水道が復旧しないため、未だに避難生活を余儀なくされている住民も多い。
 石川県の報告(2024年8月26日現在)によると、今回の地震で住宅の全壊5,913棟、半壊16,245棟の被害が発生し、震災から半年がたっても公費解体を希望する27,319棟に対し解体完了は3,014棟、解体着手は9,315棟と、合わせても12,329棟(45.1%)である。応急仮設住宅の完成が5,644戸、着工が6,745戸であり、市町や県の設置した避難所での生活者が736人との事である。こうした実態を見ても、復旧に向けての障壁が未だに多く残されていることが伺われる。
 能登半島地震の被災地から見えてくる今後の防災上の課題とともに、どのような対応が求められるかを列記してみる。
 課題1 建物の既存不適格が許されている現状(耐震性が不足する建築物などの改修が進まない大きな原因でもあり、現在の耐震基準に適合しない既存不適格建物の改修の義務化も視野に検討が必要)
 課題2 防災上も看過できない空き家問題(所有者が不在で耐震化も望めなく劣化が急速に進行するため、撤去を促すためには小規模な街区にも面的な区画整理事業の導入も視野に検討が必要)
 課題3 中山間地域の孤立をいかに避けるか(人口減少に伴い道路網が脆弱なまま取り残されている中山間地の集落では強靭な通信網やヘリポートの確保が急務)
 課題4 避難者などの情報を一元的に集約する仕組みづくり(様々な支援が被災者一人一人に漏れなく行き渡るためには必須で、DXを活用したシステム化が求められる)
 課題5 災害関連死をどう防ぐか(災害救助法の救助業務に福祉業務を明確に位置付け体制の確保が重要)

 以下には、こうした課題の解決には法令改正も必要と考える「建物の耐震化」と「災害関連死」について述べておく。
 ひとつ目は、新しい耐震基準に適合しない既存不適格建物の改修の義務化である。
全国の平均では木造住宅の耐震化率が87%(2018年現在)とのことであるが、能登半島地震の被災地の奥能登地域では耐震化率50%前後の自治体が多い。45年前から東海地震対策を進めてきた静岡県でも、耐震化率60%前後の自治体は決して例外ではない。経済活動の活発な大都市域は建て替えや新築需要も多く、結果的に耐震化率は高くなる。一方、地方の小規模な集落では建て替え需要は少なく、耐震補強工事に対し自治体が補助制度を用意しても補強工事はなかなか進まない。不特定多数が利用する商業施設なども含め、建て替えや補強工事の判断を所有者の決断だけに委ねていては進まないことも多く、各自治体も苦労している。
 日本の法体系では、新たに制定された法律や条例の基準を過去にさかのぼって適用することはほぼ無い。いわゆる「法令の不遡及」が原則である。そこに一石を投じたのが消防法である。消火設備の不備などからデパートや旅館で多くの犠牲者を出す火災が1970年前後に相次いだ。人命に大きく影響することから、1974年の法改正で既存施設にも新基準を適用し、スプリンクラーなどの消火設備の設置や定期的な検査が義務付けられた。いわゆる「法令の遡及適用」である。
 建物の倒壊が命に直結することを考えると、消防法と同様に建築基準法に関しても法令の遡及適用の考えを取り込み、新しい耐震基準に適合しない既存不適格建物の改修に関しては一定の猶予期間を設けての義務化も視野に、諸制度の見直しを行う時期に来ているのではないかと考える。

 ふたつ目は、災害関連死を少しでも防ぐため災害救助法を改正し、災害時にも福祉サービスが途絶えることのないよう福祉業務を災害救助法の救助業務として明確に位置付け、必要な要員や体制の確保を図ることである。
 近年の災害では、高齢者や障がい者など要支援者の避難が間に合わず犠牲となる事態がしばしば起きる。2018年7月の西日本豪雨では岡山県倉敷市真備町で発生した洪水による犠牲者51人のうち42人が高齢者など要支援者であった。また、避難生活の困難さから犠牲になるケースも目立ち、2016年の熊本地震では直接の犠牲者50人に対し災害後に犠牲となった災害関連死は220人以上に及んだ。能登半島地震でも災害関連死が既に110人を超えている。多くは高齢者などで、避難生活中に持病の悪化などから犠牲になった方が多いと聞く。
 災害時に自治体が救出や救助活動、避難生活支援などを実施する法的根拠となる災害救助法には具体的な活動の種類が列記されている。意外に思われるかもしれないが、列記されている救助の種類には避難所や応急仮設住宅の供与、炊き出し、医療や助産、被災者の救出、住宅の応急修理などはあるものの、福祉の項目が欠如している。災害救助法が制定された77年前の1947年当時とは異なり高齢化がかなり進んだ現在は、障がい者だけでなく高齢者への介護など様々な福祉業務が社会保障制度として整備されてきた。しかし、災害救助法には福祉業務がいまだに位置付けられていない。
 現に災害が発生すると、普段から福祉業務で要支援者をサポートしている社会福祉協議会や地域の包括支援センターが協力し、個別の支援調整を行うケアマネジャーや民生・児童委員、保健師・看護師、さらに災害ボランティアも関わって支援を行うことになるのが実態である。災害時も福祉業務を途絶えさせないためには、早急に災害救助法を改正して福祉業務を災害救助活動の業務としてきちんと位置づけ、災害時の支援員や活動資金の確保など総合的な活動体制を整備することが急務でないかと考える。

 今年も既に梅雨時期を挟み各地で水害が発生している。7月には東北地方を中心に3日間の降水量が400ミリを超えるなど記録的な大雨となり、山形県など広範囲に洪水被害が発生した。地球温暖化の影響もあり、近年は毎年のようにこうした記録的な集中豪雨が発生し、既存の河川堤防を越流したり破堤したりして大きな水害が発生するようになった。本稿を起草している最中にも、本州を縦断中の大型台風10号がもたらす記録的な豪雨が続いていて、大きな被害にならないことを祈るばかりである。
 地震や水害、火山など自然災害の脅威は常に私たちの身近に存在する。これまでも様々な知見をもとに防災対策が講じられてきた。その一方で高齢化や人口減少など社会構造そのものが今までになく急速に変化している。さらに迎え入れる災害外力も過酷になってきた。こうした社会構造や災害外力の変化に併せて、これまでに様々取り組んできた防災対策や諸制度は常に時点修正しながらブラッシュアップしていく必要がある。そのためにも今起きている社会の変化が災害時にはどのように影響するのか想像力たくましく想定し、関係者も市民も互いに情報を共有して的確な対処方法を準備しておく必要がある。


注)本稿には静岡新聞の2022年3月2日朝刊、及び2024年8月13日朝刊の「時評」欄で、筆者の投稿文の一部を引用したことを断っておく。