国力を示すのはGDPの世界順位よりもGDP×1人当たりGDPの積(特任准教授 西恭之)
静岡県立大学グローバル地域センター 特任准教授 西恭之
2024年の日本は、前年のドル建て名目GDP(国内総生産)で世界4位に後退したこともあって、GDPの順位で後退を続ける予測に関する議論が盛んだ。この議論の前提には、GDPの順位・シェアが、対外的に行使できる国力に反映され、戦争の勝敗など国際政治現象の原因となるという考えがある。
その前提は誤っている。各国が対外的に行使できる国力を比べる指標としては、GDPよりも、GDP×1人当たりGDPの積のほうが理論的にも実証的にも根拠がある。同じ長期予測の数値を用いても、この積では米国の優位が続き、日本も対外影響力をかなり維持できる可能性を示唆している。
GDPの長期予測では、米金融大手ゴールドマン・サックスの『2075年への道筋』が有名だ。朝日新聞の8月2日朝刊トップ記事「持たざる国 逆戻りの日本」や、9月23日の日本経済新聞コラム「ジャパン・アズ・ナンバーX 新首相はGDPにこだわれ」(小竹洋之氏)で引用されている。
『2075年への道筋』によると、日本は実質GDPで2050年に6位、75年には12位に下がる。75年のGDP上位11か国は中国、インド、米国、インドネシア、ナイジェリア、パキスタン、エジプト、ブラジル、ドイツ、英国、メキシコの順だという。
しかし、GDPの順位は、各国が対外的に行使できる国力と一致しないので、日本の対外戦略の根拠とすべきでない。
GDP総額は、1人当たりGDPの少ない人口大国の国力を誇大に見せる。例えば、中国のGDPは1880年代まで世界1位、1930年代まで2位だったのに、GDPで半分以下の列強の侵略に苦しんだ。1人当たりGDPの少ない国は、GDPの大部分を農民が自家消費していたり、農民・地主から税金を取って産業資本や軍備に変換する能力が弱かったりするので、GDPのうち対外影響力に変換される割合が少ない。
それゆえ経済史家ポール・バイロックは、「一国の経済力は1人当たりGDPとGDP総額を結びつける式で表すことができる」と1976年に指摘した。2018年になって、国際政治学者マイケル・ベックリーは、GDP×1人当たりGDPの積という単純な式でも、戦争の勝敗との相関がGDPより強いことを発見した。
過去の各国GDPについて、朝日新聞はマディソン・プロジェクト(蘭フローニンゲン大学)のデータを引用した。同プロジェクトはGDPを購買力平価で米ドル換算しており、2022年の上位15か国に中国(世界シェア21.0%)、米国(同15.0%)、インド(同8.1%)、日本(同3.7%)、ドイツ、ロシア、インドネシア、ブラジル、フランス、英国、トルコ、韓国、イタリア、メキシコ、サウジアラビアを挙げている。
ところが、同じデータでGDP×1人当たりGDPの積を計算すると、上位15か国・地域は、下記の表の左側のようになる。GDPの順位と異なり、米国が1位で、多様かつ開発できる国が限られている品目を輸出している国や、先進的な軍事力を備えた国が多い。この積のほうが、対外影響力に変換可能な資源の大小をよく表しているだろう。
そして、『2075年への道筋』の予測値でGDP×1人当たりGDPの積を計算し、各国が対外的に行使できる国力を予測すると、2050年と75年の上位15か国はこの表の中央と右側のようになる。日本の対外影響力がGDPの順位ほど後退する必然性はない。官民の努力によって1人当たりGDPを高めていけば、日本の平和と繁栄に有利な秩序の維持に協力し続けることも、武力による現状変更を同盟国・同志国とともに阻止するだけの防衛力を構築することも可能だ。
その前提は誤っている。各国が対外的に行使できる国力を比べる指標としては、GDPよりも、GDP×1人当たりGDPの積のほうが理論的にも実証的にも根拠がある。同じ長期予測の数値を用いても、この積では米国の優位が続き、日本も対外影響力をかなり維持できる可能性を示唆している。
GDPの長期予測では、米金融大手ゴールドマン・サックスの『2075年への道筋』が有名だ。朝日新聞の8月2日朝刊トップ記事「持たざる国 逆戻りの日本」や、9月23日の日本経済新聞コラム「ジャパン・アズ・ナンバーX 新首相はGDPにこだわれ」(小竹洋之氏)で引用されている。
『2075年への道筋』によると、日本は実質GDPで2050年に6位、75年には12位に下がる。75年のGDP上位11か国は中国、インド、米国、インドネシア、ナイジェリア、パキスタン、エジプト、ブラジル、ドイツ、英国、メキシコの順だという。
しかし、GDPの順位は、各国が対外的に行使できる国力と一致しないので、日本の対外戦略の根拠とすべきでない。
GDP総額は、1人当たりGDPの少ない人口大国の国力を誇大に見せる。例えば、中国のGDPは1880年代まで世界1位、1930年代まで2位だったのに、GDPで半分以下の列強の侵略に苦しんだ。1人当たりGDPの少ない国は、GDPの大部分を農民が自家消費していたり、農民・地主から税金を取って産業資本や軍備に変換する能力が弱かったりするので、GDPのうち対外影響力に変換される割合が少ない。
それゆえ経済史家ポール・バイロックは、「一国の経済力は1人当たりGDPとGDP総額を結びつける式で表すことができる」と1976年に指摘した。2018年になって、国際政治学者マイケル・ベックリーは、GDP×1人当たりGDPの積という単純な式でも、戦争の勝敗との相関がGDPより強いことを発見した。
過去の各国GDPについて、朝日新聞はマディソン・プロジェクト(蘭フローニンゲン大学)のデータを引用した。同プロジェクトはGDPを購買力平価で米ドル換算しており、2022年の上位15か国に中国(世界シェア21.0%)、米国(同15.0%)、インド(同8.1%)、日本(同3.7%)、ドイツ、ロシア、インドネシア、ブラジル、フランス、英国、トルコ、韓国、イタリア、メキシコ、サウジアラビアを挙げている。
ところが、同じデータでGDP×1人当たりGDPの積を計算すると、上位15か国・地域は、下記の表の左側のようになる。GDPの順位と異なり、米国が1位で、多様かつ開発できる国が限られている品目を輸出している国や、先進的な軍事力を備えた国が多い。この積のほうが、対外影響力に変換可能な資源の大小をよく表しているだろう。
そして、『2075年への道筋』の予測値でGDP×1人当たりGDPの積を計算し、各国が対外的に行使できる国力を予測すると、2050年と75年の上位15か国はこの表の中央と右側のようになる。日本の対外影響力がGDPの順位ほど後退する必然性はない。官民の努力によって1人当たりGDPを高めていけば、日本の平和と繁栄に有利な秩序の維持に協力し続けることも、武力による現状変更を同盟国・同志国とともに阻止するだけの防衛力を構築することも可能だ。